【2009年11月24日、JDA全国ネットワーク代表団が鳩山由紀夫総理大臣に要望】

 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下「障害者差別解消法」という)は、2013年5月に衆議院本会議で、6月には参議院本会議で(附帯決議も含めて)可決され、6月26日に公布された。本法の成立を受け、同年12月4日には、国連の障害者の権利条約(以下「条約」という)批准の承認案が国会で正式に採択され、2014年1月20日、日本政府は「条約」を批准、2月19日から発効した。「条約」は、障害者の基本的人権の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等を定めている。

1.障害者福祉には矛盾の多い介護保険制度

 障害者差別禁止法制定へのうねりのひとつは、2001(平成13)年5月21日であった。日本アビリティーズ協会、全国脊髄損傷者連合会、日本リウマチ友の会の三団体が呼びかけ人となり、七団体による、「障害者福祉を後退させた介護保険制度を糾明する!」と題する、障害者団体代表者会議を参議院議員会館会議室で開催したことに始まる。

2000(平成12)年4月に介護保険制度が始まり、国も自治体も試行錯誤しながら制度の浸透を図るべく、懸命に努力をしていた。導入を急ぐあまり、制度運営に関する詳細が確定していなくて、混乱しながら対応していた頃であった。

 介護保険制度は、障害者福祉制度よりも上位におかれることとなったために、これまで障害者福祉制度を利用していた人にとっては、いろいろと不合理なことが少なからずでてきた。

 介護保険制度は65歳以上の高齢者の制度である。しかし、それまで身体障害者福祉法により福祉制度を利用してきた障害者も、65歳を境に高齢者介護保険制度が優先して適用されることになった。また脳卒中など高齢者特有の疾病による障害や介護の対応は、40歳以上64歳以下の場合も、第二号被保険者として介護保険の制度を優先して適用されることとなった。障害者の関連3団体の会員の中から、6,095人を対象に調査を行なったところ、介護保険でサービスを受けている1,132人の有効回答を得た。その分析の結果、介護保険のサービスでは障害者が生活していくのは不十分だ、という結果がはっきりした。また障害者のニーズに対して、制度の不適合が多いこともわかった。

2.差別禁止法制定運動への発展

 この会議は、「障害者福祉と介護保険制度研究会」を経て、2001年12月9日の障害者の日を期して、「障害者差別禁止法(JDA)を実現する全国ネットワーク」に組織を拡大、発展させることとなった。JDAとは、Japanese with Disabilities Act、「障害のある日本人のための法律」の略である。

 介護保険の問題にとどまらず、障害者が一人の国民として当たり前の人生、生活を確保できる社会をつくることを目標に、国際レベルの障害者差別禁止法をわが国においても実現していくための運動を開始することとなった。根幹となる法整備こそまず第1に行なうべきとの結論に至ったのである。

 障害者が教育、就労、社会参加など、あらゆる場面で不利な状況にあることは明白である。明らかな差別が存在している。社会における差別の排除が必要だ。ところが、様々な差別があっても何をもって差別とするのか、その基準がない。障害者基本法はあっても、裁判規範性がないためにことごとく敗訴している。

2003年3月17日、参議院議員会館で、障害者差別禁止法を実現する全国ネットワーク発足後最初の公開シンポジウムを開催した。これには障害当事者150名が参加、また全政党から8名の代表の国会議員、そして日弁連からも代表が参加、「JDA市民宣言」、「障害のある600万人が人間として生きていくための“七つの宣言”」を満場一致の万雷の拍手で採択、熱気あふれる歴史的な会となった(現在は600万人から700万人と改訂している)。

 その日のシンポジウムに出席した国会議員は、八代英太氏(自民)、石毛えい子氏(民主)、江田康幸氏(公明)、小池晃氏(共産)、福島瑞穂氏(社民)、武山百合子氏(自由)、山谷えり子氏(保守)、黒岩宇洋(たかひろ)氏(無所属)の8人であったが、このシンポジウムを通して、超党派議員連盟を結成する方向の話が展開された。このシンポジウムは法律制定に向かう進展への大きなステップとなった。(所属政党は当時)

 この段階でJDAネットワークの参加団体は、全国脊髄損傷者連合会、日本アビリティーズ協会、日本リウマチ友の会、日本せきずい基金、日本ALS協会、障害者の生活保障を要求する連絡会議(障害連)、全国頸髄損傷者連絡会、全国ポリオ会連絡会、日本国際福祉交流センター、国際障害者年記念ナイスハート基金、在宅ケアを支える診療所市民全国ネットワーク、のいずれも全国組織ばかりの11団体となった。

JDAネットワークは、日本障害者協議会(Japan Council on Disability, JD)、日本障害者フォーラム(Japan Disability Forum, JDF)、DPI(Disabled Peaples’ Internatioal)日本会議、日弁連等の主要団体と連繋しながら広範な運動を展開してきた。

3.鳩山総理への要望、制定へ

障害者差別禁止法の早期成立 鳩山総理への提言JDA全国ネットワーク代表団が、2009年11月24日に、当時の鳩山由紀夫総理大臣を官邸に訪ね、「障がい者制度改革推進本部の立ち上げ」、「国連の障害者権利条約の早期批准」、「障害者差別禁止法の早期成立」を骨子とする要望書を直接お渡しした。 鳩山総理は、直ちに12月8日に総理大臣を本部長として「同本部を設置する」旨の閣議決定をされた。 我々が提言書をお届けしてなんと2週間後というスピードであった。2010年11月には、内閣府に「差別禁止部会」が設置され、私も副部会長の重責に任ぜられた。その後、差別禁止部会は2010年11月から2012年9月まで、延べ25回、100時間を超える議論が展開された。その結果、差別禁止部会において全会一致による詳細な「意見書」がまとめられ、2012年9月20日、棟居快行部会長、私(副部会長)、東俊裕内閣府担当室長他と共に中川国務大臣に提出した。そして、2013年5月に衆議院本会議で、6月には参議院本会議で(附帯決議も含めて)可決され、6月26日に公布された。

4.今なぜ差別解消法なのか 憲法で保障されていても、実は「保障されていない」現実

憲法ではすべての国民に対して、「人権の尊重」を明確に保障している。 国は国民に「基本的な人権」と「生存権」を保障している。 憲法14条は国民は法の下に平等であり、差別されない。15条はすべての成人に選挙権を保障している。しかし、現実には多くの障害者が投票に行けない。 選挙公報は文字によること、とされているが、視聴覚障害のある人の場合、候補者の情報を直接に得ることができない。憲法で保障されているはずなのに「選挙権」を行使できない国民が現におり、それが放置されている。

26条では、国民は教育を受ける権利が保障されている。全員就学制度が1979年から始まった。 しかし、障害のある児童は近くに普通校があっても、自宅から遠く離れた特別支援学校に行くことをこれまで「指示」されていた。27条では、国民には労働の権利が保障されているが、障害者の多くはその機会を得られていなかった。憲法に明記されているにもかかわらず、教育や労働、選挙などにおいて、それを行使できない人たちが現にいる。憲法や障害者基本法を頼りに裁判所に訴訟を起こし、権利を回復しようと努力をしてきた人々がたくさんいる。 しかし、こうした申し立ての多くは認められておらず、裁判では門前払いまたは敗訴となっていた。それはなぜか?憲法や障害者基本法は裁判規範性のない理念法だからである。前述のとおり、憲法で人権や権利を国が国民に約束しているからといっても、訴訟では勝てない。司法判断の根拠とならない。そこで、裁判根拠、裁判規範性のある「差別を禁止する法律」が必要なのであった。

5.国、地方公共団体等に合理的配慮が「義務化」、民間は当面「努力義務」

 前述した内閣府障害者政策委員会差別禁止部会での検討では、法律は、「障害者差別禁止法」とされることを報告書で明確にした。しかし、最終的に国会上程段階で「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)とされた。

 この法律は、障害者基本法第4条の「差別の禁止」の規定を具体化する立法として位置づけられている。 すなわち、
  1. 障害を理由とする差別等の権利侵害行為の禁止
  2. 社会的障壁の除去を怠ることによる権利侵害の防止
  3. 国による啓発・知識の普及を図るための取り組み
をもって、差別の禁止という基本原則を実現しようとするものである。基本的な考え方として、作為による差別にかかわる「差別的取扱い」と不作為による差別にかかわる「合理的配慮の不提供」の禁止規定が示されている。義務づけの対象は、「国の行政機関や地方公共団体等」に法的義務を課し、「民間事業者」には当面、努力義務として規定された。 国公立の学校・福祉施設等には法的義務が課される。民間事業者については事業分野別の指針(ガイドライン)が定められ、各業界の対応は遅れている。
国連の障害者権利条約は、2015年2月19日から発効した。 また、障害者差別解消法は2016年4月に施行された。これにより障害を理由とする差別を禁止し、権利を確保、実現という基本的な方向は決まった。 しかし、現実の社会で差別の解消が実現していくことは容易ではなく、まだ時間がかかる。


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