提言:国の障害者雇用 水増し問題

2019年04月10日

総合的な雇用・就労対策が必要!!雇用率一辺倒の政策は誤りだ。

NPO法人 日本アビリティーズ協会 会長
一般社団法人 障害者の差別の禁止・解消を推進する全国ネットワーク 会長
伊東 弘泰

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伊東 弘泰

1942年東京都生まれ。1歳でポリオにより下肢障害となる。就職に際して100社以上から面接を拒否される。66年3月早稲田大学第一商学部を卒業、4 月「保障より働くチャンスを!」と宣言し、日本アビリティーズ協会(現NPO)を設立し、アビリティーズ運動を始める。
運動の実証企業として、同年6月、株式会社日本アビリティーズ社(現:アビリティーズ・ケアネット株式会社)を設立。
重度障害者を中心に6人で印刷業を創業。障害者雇用促進法の大幅改正に備え、74年7月、障害者の雇用、社会参加のため福祉用具・リハビリ機器の開発、販売、輸出入事業を開始。同年、11月厚生省(当時)の依頼で「社会福祉の近代化のための福祉機器展(現:H.C.R 国際福祉機器展)」を創設。NPO と株式会社の両輪の活動を、半世紀を超え、障害者の社会参加の運動を続けている。

1. 信頼を失った省庁の障害者雇用

多くの省庁が、雇用している障害者の人数を水増して、雇用率を高く世間に発表していたという昨年8月の報道は大きな驚きであった。不適切に雇用障害者数にカウントした人数は、なんと3,460人ということであった(18 年8 月29日毎日新聞)。「うそは政治だけでなく、行政までもか」、と怒りを感じた。

その後、各省庁について厚生労働省が詳細調査の上12月25日に発表した行政・立法・司法機関を合わせた国の機関の障害者雇用率は、昨年6 月1日現在1.22% ( 発覚前は2.49%と公表) で、雇用率を2倍以上に偽っていた。省庁が達成すべき雇用率は2.5%なので、雇用すべき障害者人数は4,270人も不足していた。行政・立法・司法の43機関のうち法定雇用率を満たしていたのは、厚労省、海上保安庁など8機関だけだった。県や市町村など多くの自治体においても同様な状況があった。

民間事業者に対して障害者雇用を指導していながら、国、自治体が制度開始以来、42年間も「うそ」をつき続けてきたこの“事件”は、役所に対する国民の信頼を大きく揺るがした。

10月半ばに、国は「2019年中に4,000人の雇用を実現する」と発表したが、具体的な対応、対策はみえなかった。障害者ならだれでも良い、と採用すれば、数字合わせは出来るが、それはのちにさらに大きな問題となるに違いない。

「障害者雇用」は、雇用人数を増やすことだけではなく、様々な障害のある人たちの職場環境、雇用サイドと働く障害者双方の精神的、経済的満足、所得水準の確保、労働者としての成長の実現、そして安定的就労を実現することが大切だ。

心身に様々な障害のある人たちも、何かしらすばらしい能力がある。それを活かし、社会で貢献できる役割を担える人材に育てることが大切だ。

単に雇用率を基準として雇用の成果を判断することは間違っている。

障害者雇用促進法が改正・施行されて、雇用率や助成金制度などが導入されたのは1976年、43年前である。その後、雇用率は徐々に引き上げられてきた。しかし、現状は、国だけではなく、障害者雇用義務のある民間企業の半数以上が雇用率を達成していない。

雇用人数の未達分を、代わりにペナルティにあたる納付金を支払うことで済ませている現実も問題だ。

雇用率は、ひとつの指標ではある。しかし、それをもって障害者雇用の質を評価することはできない。

障害のある人々も共に働くことが出来るよう、社会の合意を形成する必要がある。それが真の「障害者雇用の理念」であり、その実現こそ大切なのである。

いまの障害者雇用促進法は、雇用率だけを成果の基準としている。国が雇用サイドに押し付けるだけの政策はやめ、障害のある人も、ともに労働者として就労できる対策や施策を構築することが必要だ。

2. 共生社会実現の理念こそ大切

2013年に障害者差別解消法が国会で成立、14年に国連の障害者権利条約に正式参加が実現した。障害者の雇用については、障害者雇用促進法により対応されることになっているが、差別解消法、および権利条約の理念に対応して再検討される障害者の雇用が社会全体で正しく取り組まれることが必要だ。

アビリティーズ運動は、

  1. 障害者の自立
  2. 社会参加の実現
  3. 尊厳性の確保

を標榜し、1966年以来、53年間にわたり運動を展開してきた。

アビリティーズ運動の理念は、心身になんらかの障害があったとしても、誰もが何かしらすばらしい能力があることを信じ、アビリティーズ・ケアネット株式会社の活動を通して実証してきた。障害のある人もない人も、社会の一員としてそれぞれの持てる能力(アビリティーズ)を発揮し、共に働き、共に生活出来る「共生社会」を実現することが願いだ。

社会において真の障害者雇用を実現したい。障害があるからということで、お恵みで雇用してもらうことなど望んでいない。障害があっても出来ることはたくさんある、それを見出し、引出し、社会で働く一員として受け止められ、堂々と働きたい。それが、障害者サイドの願いである。

多くの雇用サイドの本音は、法律があるから、行政から言われるから、障害者も雇用しなければならないと考えている。出来るだけ軽度の人を雇用したい、それが雇用サイドの本音だ。それでは真の障害者雇用は実現しない。

現状は採用されても、職業的な能力を高める仕組みも弱く、育成の努力もあまりなされていない。国は雇用を押し付けるのではなく、適性や能力の判定体制の整備、職業訓練の専門職の育成など、組織的に雇用サイドと障害当事者を支援するシステムを整備するべきだ。

3.「福祉」と「雇用」の制度連携が必要

世の中には、様々な人が生活している。心身に障害がある人もたくさんいる。自ら望んで障害を負ったのではない。しかし、その障害のために、障害のない人と同じように自立した生活も、社会参加も出来ず、家族や友人、ヘルパー、ボランティアなどに支えられ、ようやく生きている人たちがたくさんいる。皆、一回しかない人生だというのに。

そういう境遇にあるひとも、同じように、生きていることの喜びを感じ、生活していけるよう社会保障や共助のシステムが機能する必要がある。しかし今なお弱者切捨ての政治が続いている。

いまの障害者雇用促進についての国の理念、施策、組織的なサポートは、あまりに不完全である。雇用サイドに障害者雇用率をもって強制しているだけでは、真の障害者雇用の理念は社会に成立しない。

今回発覚した国や自治体の不祥事について、雇用率のうそ、誤魔化しだけを問題とするのではなく、基本的な理念と対策を構築することを強く期待する。

障害のある人たちの雇用・就労を実現し、社会参加を実現する為には、障害が発生、確認された段階から、医療的ケアにとどまらず、質の高い義務教育、そして職業教育と職業訓練など、社会的なリハビリテーションシステムを整備・強化することを提案する。

就労のステージでは、生活支援、通勤や住居対策など、多岐にわたる連続的なサポートシステムが必要だ。それは、雇用サイドだけではなく、社会福祉法人など福祉分野も連携し、グループホームなどの機能を職場に近い地域に計画的に設置し、福祉サイドが生活支援を担当するなど、組織的に地域で雇用・就労を支えることで、障害者の社会参加を進めることができる。いまは、「福祉」と「雇用」が分断されており、これは国の縦割政策に起因している。

わが国の障害者福祉制度においては身体、知的、精神の3障害に区分している。とくに知的、精神障害の治療、改善の医療や支援対策は弱い。専門医が少ないうえ、医師によって判断や対応が異なるなど、課題も多い。

中途障害者の場合には、長期のリハビリ治療が必要な場合も多い。しかし医療保険によるリハビリは発症後、最長でも6ヶ月で打ち切られるため、社会復帰出来るところまで到達できない人が少なくない。職場復帰の実現のためには医療的リハビリの延長、そして多面的な社会復帰のリハビリテーション体制が必要だ。

4. 障害児・者の教育制度の改革を

わが国の障害児教育は、1979 年に国の全員就学制度が始まった。しかし、軽度の障害児でも、特別支援学校にほぼ強制的に入学させられる分離教育が長い間行なわれている。教育レベルは総じて普通校に比べて低い。教師は介護、介助に時間と労力を割かねばならず、必然的に、本来の教育面の対応が不十分となっている。また、子どもたちの個別の障害状況にあわせた教育システム・方法、機器などにより教育の効果を確保するための研究や組織的な対応が十分でなく、ほとんど現場任せの状態で行なわれている。そういう教育環境の結果、当然、教育のレベルは低く障害児の能力開発は不十分となっているのが現実だ。卒後の就労・雇用の成果が低い原因の一つとなっている。

特別支援学校の高等部を経て、大学に進学する障害者は、1~2%程度と言われている。障害児は学校教育を起点に社会から分断されてきたという現実を認め、これを一日も早く軌道修正することが必要だ。

2010年から12年9月まで、内閣府の障害者差別禁止部会で、私は副部会長として法律の専門家などとともに、差別禁止法制定に関する検討に参加していた。文部科学省に対するヒヤリングで、「障害学生の大学教育について文科省の対応はどうなっているか」を質問した。当日は回答の準備がなく、「あらためて報告する」と文科省の担当官は言ったが、その後、部会作業が終了するまでついに報告はなかった。結局のところ、障害のある子どもについては大学に進学することなど考えられていなかったのだろう。

障害のある児童、生徒こそ義務教育はもとより、大学教育まで含めた、高等教育の強化が必須である。高等教育を受けることで、社会で活躍する可能性が確実に拡大する。

5. 適性判定と職業訓練の強化を

戦後、傷痍軍人等の社会復帰を目的に、治療や職業訓練を行う国立身体障害者更生指導所が新宿・戸山町にあり、そこで、ガリ版・タイプ・オフセット印刷、印鑑彫り、時計修理、靴製作・修理、そのほかの職業訓練が行なわれていた。若い障害者もそこで訓練を受けて社会復帰した人たちも多かった。(アビリティーズ設立時の第1号社員も同所の出身だった。)

いま、埼玉・所沢、岡山・吉備などに国立のリハビリセンターや職業リハビリセンターなどがあり、また、県レベルでも職業訓練指導が行なわれている。しかし、その施設数、受入れ人員は多くない。また職業教育の専門職や職種も少なく、適性・能力判定体制やノウハウが十分あるとはいえない。

約30年ほど前、労働省( 当時)で、ニューヨークのICD リハビリセンターが開発したマイクロタワー法という障害者の就労適性判定システムを日本に導入するプロジェクトがあった。そのライセンス契約の交渉のご依頼が労働省から私にあり、数日の交渉を行ない契約にいたった。わが国で初の障害者の本格的な職業能力判定システムとして、その日本版がすべての県の障害者職業センターに配置された。近年、コンピューターシステムや、仕事の種類、対応など社会全体の大きな変化を受け、マイクロタワー法は時代にあわなくなったが、その後、新たな適性能力判定システムが開発されたという情報はない。適性能力の判定は、雇用配置に際して基本的なことであり、それにより職業訓練など効果的な対応が望まれる。

6. 就労継続のサポート体制を

採用されても、通勤が困難で継続就労ができず中途退職となる障害者も多い。住居と勤務先までの通勤問題、住宅確保の困難、在宅時の生活支援など、障害当事者の努力では克服できない様々な問題がある。現在の雇用支援プログラムでは、障害当事者だけでなく、雇用サイドの負担も大きい。就業に必要な様々な支援機器や環境整備についての補助制度があっても金額面は十分ではない。通勤車両の駐車場借用の補助制度があっても期間が短期である。現状の補助制度は、長期就労には十分とは言えない。

障害者雇用促進施策だけではなく、各地域行政の障害福祉制度との連携も必須だ。たとえば、職場に近い「障害者グループホーム」を活用して住まいを確保し、また必要な生活支援サービスを受けられるようにすることで、勤務先の選択を拡大できる。

職場と住まいが遠ければ、勤務は困難になる。家族から離れては生活できない障害者は多い。人によっては在宅での生活でヘルパー支援が必要だ。

就労、継続雇用を実現するため、地域行政や福祉機関との協力体制を含めての連携も必要だ。

厚生省と労働省が統合されて久しい。福祉と労働の相互の協調は出来ないはずはない。今の制度では、中途半端に就労するより、働かずに生活保護を受け、福祉サービスに依存していたほうがよほど楽に生活できると考える障害者がいるが、当然のことである。


7. 障害者支援は社会モデルで対応

また障害福祉サービスによる福祉用具の給付においては、多くの自治体の判断は、国連の障害者権利条約の原則に反している。障害等級を判断基準として未だに心身の障害の部位、事情で福祉用具の給付を制限している自治体が極めて多い。そのため仕事や生活で不便をしている障害者が大勢いる。圧倒的に多い現状は国連の障害者権利条約の精神に違背している。国連の障害者権利条約では、「障害について、医学モデルから社会モデルに変更するべきこととなっている。しかし、国も自治体も、それを理解せず、未だに医学モデルで対応している。この権利条約違反は、国が直ちに対処すべき重大なことなのである。

(注)医学モデル、社会モデル
2008年12月13日に国連で制定された障害者権利条約で明確にされた概念。従来の『障害』の意味するところは、病気や外傷等から生じる心身の状況を根拠にしていた。この考え方は「医学モデル」と言われる。しかし、障害者権利条約では、「障害」とは、社会の制度、建物や環境、公共の乗り物、情報や通信など様々な生活環境が心身に障害のある人に不便、不自由な状況を与え、それが「障害」をもたらしている、という「社会モデル」の考え方に定義が変わった。

8. 特例子会社制度の課題

いま、障害者雇用に取り組む企業の多くが、特例子会社を設立してそこで障害者を雇用している。給与制度もたいてい親会社と異なり、子会社は低い。雇用されても1年ごとの契約社員、嘱託待遇の制度をとっている会社が未いまだにあると聞く。

特例子会社制度ができた事情がある。1975年の改正障害者雇用促進法の国会審議において、一時、経営者団体ばかりか労働団体も反対したそうだ。経営サイドの反対は想像できるが、労働団体は「障害者の賃金は低い、そのために同一企業に二重賃金制度ができることに反対」というのがその理由だったそうだ。そんな事情もあって、(当時)労働省は特例子会社の制度を創設したと聞いた。

特例子会社での障害者雇用は、親会社の雇用率にカウントされる。多くの親会社は、子会社をいろいろな面で支援をしている。障害者雇用は採算がとれないという前提で、特例子会社の多くは、親会社の福祉的な発想と支援で維持、運営されている。この結果として、特例子会社制度は、雇用・就労の場面での新たな分断を発生させた。いずれは、本体企業で障害のある人もない人と共に働けるようになることを願う。


9. 分断につながる懸念のある「在宅就労」

在宅勤務についても一言述べたい。この制度は、文字通り出社勤務を前提としていない雇用形態である。一見、障害当事者にとって都合がいい、配慮された雇用と思われるが、安易に運用されれば、障害者は出社しなくてよい、という状況がつくられる危険がある。これも社会参加に逆行し、新たな分断をつくることになる。

いま雇用率の水増しが問題になっているが、それだけではなく、「真の障害者雇用はどうあるべきか、その対策は」の議論がされるべきである。国連の障害者権利条約、及び障害者差別解消法を基本として、障害者の社会参加、雇用の実現のため、国も社会も議論すべきである。

10. 結語

アビリティーズでは、障害のある人もない人も、それぞれの適性、特技、特性、できることを拡大している。共に働くことを理念とし、障害があっても共に働けることを証明したいと53年間運動を続けてきた。全国各地のすべての事業所は障害のある社員が今はいなくても、いつでも配置できるよう事前に配慮している。この結果、障害のある社員がどこに出張、あるいは異動しても、仕事が出来る。

また、社員だけでなく、管理職、役員にも障害当事者が就任している。そして活発に仕事をしている。

海外でのパラリンピックに出場した社員もいる。

最初は就労時間が短くても、次第にフルタイム勤務が出来るようにしていく。時には、体調を崩したり、ということもあるが、ほとんど復職し、継続就労している。定年まではもとより、その後も勤続できる。自信と誇りを持って働いている。

どんな障害のある人でも、なにか優れた能力がある。その能力を見出し、育み、活用して、共に生き、共に喜びを得られる共生社会を実現することを目標に、障害者雇用のあり方を考え直すことがいま必要だ。

1978 年に始まった重度障害者多数雇用事業所(通称:モデル企業)認定制度で、日本アビリティーズ社(現:アビリティーズ・ケアネット)は数社と共に第一次の認定を労働省(当時)より受けた。それから41年、身体、知的、精神などの重度障害の人たちがたくさん働く「普通の会社」として活動しており、重度障害者のモデル企業であることを表示する必要はないと考えている。

なお、アビリティーズではイオン株式会社と共同出資でアビリティーズ・ジャスコ(株)を設立し、1983年4月から東北で重度障害者が多数勤務する大型ブックセンター事業に参加している。設立から14 年間は私が社長に着任、以後はすべてをイオンサイドで運営している。

(2019 年3 月稿)

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